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wrigings 執筆

academic journal article 論文

京都大学人文科学研究所『人文学報』第100号(2011年)
「日本社会における「黒人身体能力神話」の受容―「人種」/「黒人」という言葉・概念との遭遇とその習得を中心に― 」

要旨
「黒人身体能力神話」の浸透は、その起源であるアメリカ合衆国(以下アメリカと略す)だけでなく、ヨーロッパやアジア各国でも見られる点で、国際的な視点から検討されるべき課題である。しかし、それがすぐれて日本的な現象であることも看過できない。たとえばアメリカでは、人種主義に対する警戒や統制ゆえに「神話」はタブーと化し、少なくとも公的な舞台で認知されることは皆無といってもよい。他方日本では、人種主義に対して比較的鈍感な文化的土壌も手伝って、「神話」が一方的に承認されることはあっても、批判的観点から俎上に載せられることは滅多にない。実際日本では、指導的立場にあるものでさえ、「神話」を前提として発言することが多い。たとえば、陸上短距離種目のコーチングでは、「『黒人の天性』に対抗するには、日本人は『技能(スキル)』を磨く以外にない」と教えられると聞く[i]。「黒人だから強い」という言説に潜む人種主義を指摘するだけで「褒めてなぜ悪い」、「事実だから仕方ない」といった反論を受けることも少なくない[ii]。
アメリカにおいて「神話」の肯定と否定が拮抗し、大きな争点を成してきたことが特徴的であるとするなら、日本において争点の不在性に注意が喚起され、問題視されてきたことは特筆に値する。文献調査や意識調査は、相対的、絶対的いずれの意味においても、きわめて高い割合の若者たちが「黒人」なる集団が固有の運動能力・身体能力を有すると信じていること、そして、その多くが、「黒人」の運動能力・身体能力に生得的、遺伝的な根拠があると信じていることを明らかにしてきた[iii]。
ここでは、以上を踏まえて、「黒人身体能力神話」を研究の対象とするにあたって、次の二つの立場を措定し得ることに注意を喚起したい。
第一は、「神話」の浸透を国際的な広がりをもつ現象として捉え、その起源と形成・普及の過程をグローバルな視点から解明しようとする立場である。この時、スポーツ大国として、これまで多くの「黒人」アスリートを産出してきたアメリカ合衆国の占める役割と位置は重要である。「神話」の歴史性を検証する作業では、特に一九三〇年代にその起源を求める解釈が有力視されているが、こうした先行研究の成果を視野に入れつつ、さらに踏み込んだ分析が要請されている[iv]。
第二は、「神話」の浸透におけるすぐれて日本的な状況に注目する立場である。ここで問われるべきは、「神話」の歴史性や時代的文脈におけるその性質であると同時に、否それ以上に、「量的」あるいは「比率的」な展開のありかたである。すなわち、グローバルな水準に照らし、「なぜ日本において、かくも無批判に『神話』が受容されるのか」である。
本論は第二の立場に立ち、「神話」が日本的に受容される原因を究明すべく、問題の所在を明示し、方法論を説明し、それに基づいて実施した研究調査の一部をなす具体的な分析作業を試み、その作業を研究調査全体の枠組に位置づけつつ、研究調査の全体像を提示することを目的としている。より具体的な構成は、以下の通りである。
まず第一節にて、問題の所在を明示する。「黒人」、「身体能力」、「神話」などの主要概念に定義を与えると同時に、文献調査や意識調査の結果を紹介し、日米間の神話に対する意識や態度の差異の度合を明らかにしたい。第二節では、研究調査の方法論を詳述する。特に、アンケートと聞き取りの結果に基づいて設定した、神話受容の過程を解明するために検討すべき四つの経験領域(一実際の「黒人」との遭遇、二「人種」や「黒人」という言葉・概念との遭遇とその習得、三これらの言葉・概念の公的教育カリキュラムによる学習、四「神話」を支持するに至った契機と体験)の説明に力点を置くものとする。第三節では、第一の経験領域に関してすでに発表した主要な分析結果を報告する。第四節では、第二の経験領域に関して、具体的な分析を行うものとする。最後に、この分析に続く作業を展望し、本研究調査の意義を指摘して、本論を結ぶものとしたい。



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[i]筆者が筑波大学大学院や東海大学に学んだ元短距離スプリンターから聞いた話では、トレーニングの現場では、黒人アスリートに天性の才能があることはむしろ当然視され、この点を疑問視する風潮は皆無であるという。末続慎吾が二〇〇三年にパリで開催された世界陸上選手権で銅メダルを獲得した当時は、彼の走りが日本古来のナンバ走法の応用であるとされ、日本人の技能が黒人の天性に勝る日が近づいた証拠としてもてはやされた。
[ii]大学の授業でたびたび「黒人は天性のアスリートである」との発言に潜む人種主義の可能性を指摘したことがあるが、当惑し、反感さえ抱く学生が少なくない。そのような学生が口にする反論としてもっとも多いのがここに紹介したものである。
[iii]黒人に固有の運動能力があるとの想定が言説空間に存在する点で共通しているとはいえ、日本人はそれをほぼ無批判に受け入れているのに対し、アメリカ人は争点として俎上に載せているという点に差異があることに、今一度注意を促したい。これは、黒人という「人種」の表象が、文化的文脈に応じて、異なるかたちで受け入れられていることを意味する。つまり逆にいえば、「人種」概念を支える言説と表象が、文化的に規定され、構築されているということである。こうした論点ゆえ、本研究は、人種概念の社会的構築性を検証する作業として位置づけることが可能である。人種概念の社会的構築性を検証する作業の代表例に、京都大学人文科学研究所を拠点とする「人種の表象と表現をめぐる学際的研究」(代表竹沢泰子)がある。その業績に、竹沢泰子編著『人種概念の普遍性を問う:西洋的パラダイムを超えて』人文書院二〇〇五年、同編著者による『人種の表象と社会的リアリティ』岩波書店二〇〇九年などがある。
[iv]この立場に立つ研究として筆者は、科学研究費補助金による基盤研究C「アメリカ合衆国における黒人身体能力神話およびスポーツへの固執と対抗言説・戦略」および武蔵大学総合研究所助成プロジェクトA(研究テーマ:アメリカ合衆国における運動能力・身体能力の人種間格差に関する言説・表象とその社会的影響)に取り組んでいる。後者が日本における神話の受容を踏まえた上で、アメリカにおける受容と批判の拮抗関係が及ぼす社会的影響に焦点を当てるのに対し、前者はアメリカにおける批判側の対抗言説・戦略が、神話をいかに覆そうとしているかを分析することをねらいとしている。


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