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academic journal article 論文

「『日本男子マラソンが金メダルにもっとも近づいた日』1928年五輪アムステルダム大会マラソン競技における『人種』表象の考察にむけて」
『武蔵大学総合研究所紀要』第20号(2011年)

要約

二〇〇八年度に私が着手した武蔵大学総合研究所助成プロジェクトAは、三年間の研究調査を経て、その目標を次のように絞り込んできている[i]。すなわち、「黒人」と呼ばれる人間集団に固有の運動能力があるとする想定を、科学的根拠が存在しないにもかかわらず一つの言説として広く受け入れられていることを根拠に「神話」として規定し、この神話が出現し、伝播してきた経路を解明し、「黒人身体能力神話の浸透」=「歴史的、文化的に構築された現象」に生得的、遺伝的根拠があるとする想定を批判的に再検討することである。
これまでに、この目標を達成するために二つの立場を設定してきた。その第一は、「神話」の浸透を国際的な広がりをもつ現象として捉え、その起源と形成・普及の過程をグローバルな視点から、とりわけスポーツ大国として、これまで多くの「黒人」アスリートを産出してきたアメリカ合衆国(以下アメリカ)の占める役割と位置に注意を払いつつ、明らかにしようとするものである[ii]。第二は、「神話」の浸透におけるすぐれて日本的な、つまりにグローバルな水準に照らすと日本においてきわめて無批判に「神話」が受容される状況に注目する立場である[iii]
第二の立場からの調査の成果を、私はこれまで幾度かに分けて発表してきた[iv]。本論もまた、この立場をとるものであるが、先行研究とは異なり、「きわめて無批判に『神話』が受容される状況」が出現する歴史的過程に踏み入ろうとする点で、新しい角度からのアプローチをこころざしている。つまり、先行研究では、日米の比較的な枠組において、アンケートとインタビューに基づく質的調査によって、現在を生きるインフォーマントのライフヒストリーをたどりつつ、一人ひとりが積み重ねてきた経験のデータから、神話に対するポジションの固有性が生まれる原因を明らかにしようとしてきた。これに対し、本論は、明治以降の近現代の日本史をさかのぼり、身体能力において「黒人」を頂点とする「人種」的序列(あるいは「人種」的ヒエラルヒー)の意識や思考[v]が構築される時期・時代とその環境に分析の眼を向けることをねらいとしている。近現代という歴史的文脈に立ち入ることによって、「神話」の形成過程を段階的あるいはより立体的に炙り出そうとする意図がここにある。
右にいう「身体能力において『黒人』を頂点とする『人種』的序列の意識や思考の構築」を、すこし広い視点から言い換えるなら、「人種」という概念による社会の構造化および序列化の一端をなすものとして捉えることができる。このような構造化および序列化は、いつ、いかにしてなされたのか。その背後にはいかなる要因が作用していたのか。そしてそれはいつ、いかに変容してきたのか。これらの問いは、一九八〇年代、九〇年代に相次いで発表された著書において、M・オーミとH・ワイナンが投げかけ、アメリカという国民国家の文脈において、その答えを見いだしたものであるといってよいであろう。オーミ/ワイナンは、「人種」そのものの性質や特徴から、社会が「人種」によって構造化され序列化される過程に視点を移し、この過程を「レイシャル・フォーメーション(racial formation)=人種的秩序・序列の形成」と呼んだ。そしてそれが成立し、変容する原因と文脈を突き止めることを目的とする研究を提唱したのである[vi]
我が国でも、オーミ/ワイナンに呼応しつつ、西洋的なパラダイムを批判的に再検討し、非西洋地域の歴史的、文化的状況をも視野に入れた位置から、「人種」に正面から取り組む研究が集積されている。こうした研究にみられる共通点として、「人種」という概念を科学的根拠のない虚構として切り捨てるわけでも、むろん客観的、固定的な事実として受け入れるわけでもなく、私達の社会的世界を構築し、表象する基底的な役割を果たすものと認めた上で、分析の対象として受け入れる意欲と姿勢を指摘できる[vii]
本論もまた、「身体能力」という限定がつくとはいえ、「黒人」を最高位に配置する「人種」的な秩序あるいは序列が形成される過程に着目し、それがなぜ、いかになされ、変容を遂げたのかを問う点で、上に述べた学術的な脈絡に位置づけることが可能である。「黒人身体能力神話」の起源を求める研究は、かくして「レイシャル・フォーメーション」の一局面を切り開く作業を伴うものといえるのである。したがって、私の取り組む武蔵大学総合研究所助成プロジェクトAの目的は、「身体能力」という制約された、しかし独自の視点から、アメリカと日本それぞれにおける「人種」的序列の形成過程を検証し、両者の近現代史を読み直すことと言い換えることが可能である[viii]
身体能力おける「人種」的序列の意識や思考の起源を探る作業に着手するため、さしあたって、M・ダイレソンが提案する一九二八年のオリンピック、アムステルダム大会マラソン競技における「人種」言説・表象の国際比較研究に注目したい[ix]。この競技は、オリンピック史上初めて[x]、非白人ランナーが優勝の栄冠を手中にした国際試合として知られる。その人物とは、アルジェリア[xi]系フランス人A・B・エル・ワフィ(Ahmed Boughera El Ouafi)。日本人の山田兼松と津田晴一朗も四位、六位の入賞を果たした。ちなみに、二位はチリ人M・プラザ(Plaza)、三位はフィンランド人M・B・マルッテリン(Marttelin)、五位はアメリカ人J・レイ(Ray)であった。上位六名の国籍および「人種」に注目するなら、近代オリンピック開始以来長く「白人至上主義(ノールディシズム=Nordicism)」によって特徴づけられてきた「人種」的秩序を根底から覆す結果であったことは明らかである。
一九二〇年代後半(昭和初期)になると、宗主国対植民地、先進国対後発国、西洋対東洋など、地域・国家間を結ぶ関係性の糸が複雑に絡み合い、激動する国際情勢の中で、各国における「人種」的な秩序と序列を認識するパラダイムも動揺し始めていた。そんな時局にあって、かく達成されたオリンピック史上初の快挙は、既存のパラダイムによる規制や拘束を被りつつ、これを撹乱し、なお一層動揺させる役割を果たさなかったはずがない。とりわけ、人間の耐久力を極限に近いレベルで競い合うマラソンという競技は、その意味において「最強の国民」あるいは「人種」を決める闘いという性質を帯びていた。それゆえ、オリンピックでの記録は、陰に陽に伝統的な人間観や「人種」的優劣の順位を逆転し、再編成しようとする政治的、イデオロギー的な変革を志すものにとって、高い価値を有していたはずである。アムステルダム大会にかかわった人々が残した証言や記録が反映する「人種」的な表象や言説を精査することは、「人種」的認識のパラダイムの連続性と変化の中に、一九二〇年代後半という時代を位置づける上で、きわめて有意義な貢献をなすものと考える。
単純化を恐れず述べるなら、明治初期(あるいはそれ以前の時代)以来、アムステルダム大会前夜までに日本人の間で明に暗に了承されていた「人種」的ヒエラルヒーは、上から白人・「黄人」[xii]・「黒人」の順をなす三段の構造を主たる特色としていたといえる。それは、明治維新そして「文明開化」という西洋ヘゲモニーによる衝撃と適応の時代に、福沢諭吉をはじめとする啓蒙思想家が積極的あるいは消極的に受容し、普及させ、明治後半のナショナリズムの高揚や大正デモクラシーを越えて存続してきた構造でもあった[xiii]。昭和三年に開催されたアムステルダム大会マラソン競技は、この構造と全く矛盾する序列を観衆に突き付けたのである。
「有色人種(アフリカ人)」のエル・ワフィが首座を占め、同じく「有色人種(アジア人)」の二人が入賞した。(二人を入賞させたのは日本のみで、すくなくとも日本のメディアは、この成績が銀メダルに優ると声高に主張した。しかも、以下にみるように、ゴールからニキロほど手前まで、その一人である山田が、首位を独走していたのである。)「白人・黄人・黒人」という伝統的なヒエラルヒーは、人間を他の動物から決定的に分かつ身体能力、つまり二足による長距離走行[xiv]での耐久性をためす(すなわちもっとも優秀な「ヒトの種」を確定しようとする)競技を通じて得られた「黒人・黄人・白人」という順位によって、明白な反例を提示されたといえるだろう。
しかし、管見の限りだが、日本の学界はこうした観点からの考察に取り組んでこなかった。それどころか、山田と津田の好記録でさえ、一部の専門家によってかろうじて記憶にとどめられてきただけで、一般の人々に顧みられることはほとんどなかった。一九二八年の大会といえば、織田幹雄(三段跳び)と鶴田義行(二〇〇M平泳ぎ)による日本五輪史上初の金メダルと、人見絹枝(八〇〇M走)による日本人女性初の銀メダルの獲得が注目の的であり、その陰で二人の長距離ランナーは忘却された。しかし、上に述べた理由から、山田と津田の力走は、そしてライバルたちとの競走の全貌は、是非とも、歴史学的な検討に付されるべきなのである[xv]
ただし本論は、日本の近現代史を文脈として、身体能力おける「人種」的序列の意識や思考の起源を探る作業の、序論的な役割を果たすにとどめざるを得ないことを断わらなければならない。より具体的には、以下において次のような点の検討を試みるものとする。すなわち、アムステルダム大会の日本オリンピック史における位置づけ、マラソン競技の展開と結果、競技結果の分析とその評価、優勝者エル・ワフィに対する日本を含む各国の意見と態度などである。こうした点を本論で明らかにすることによって、「人種」的ヒエラルヒーに関わる解釈上の諸問題[xvi]について考察し、「黒人身体能力神話」の日本における起源を突き止め、延いては「人種」的序列の意識や思考の歴史の全容を詳らかにするための布石を敷くものとしたい。


[i]本プロジェクトの目的および内容の詳細については、最初に発表した論文、「『黒人身体能力神話』浸透度の文化的格差をさぐる―概念規定と方法論を中心に―」を参照。
[ii]「神話」の歴史性を検証する作業では、特に一九三〇年代にその起源を求める解釈が有力視されているが、こうした先行研究の成果を視野に入れつつ、さらに踏み込んだ分析が要請されている。ここでいう第一の立場からの成果として次がある。拙稿「『黒人身体能力』と水泳、陸上競技、アメリカンスポーツ―『神話』の歴史性を検証するための試論的考察として―」『武蔵大学人文学会雑誌』第四一巻第四号 二〇一〇年。
[iii]ここで問われるべきは、「神話」の歴史性や時代的文脈におけるその性質であると同時に、否それ以上に、「量的」あるいは「比率的」に極端に肯定的な態度が強い展開のありかたである。たとえばアメリカでは、人種主義に対する警戒や統制ゆえに「神話」はタブーと化し、少なくとも公的な舞台で認知されることは皆無といってもよい。他方日本では、人種主義に対して比較的鈍感な文化的土壌も手伝って、「神話」が一方的に承認されることはあっても、批判的観点から俎上に載せられることは滅多にない。実際日本では、指導的立場にあるものでさえ、「神話」を前提として発言することが多い。陸上短距離種目のコーチングでは、「『黒人の天性』に対抗するには、日本人は『技能(スキル)』を磨く以外にない」と教えられると聞く。「黒人だから強い」という言説に潜む人種主義を指摘するだけで「褒めてなぜ悪い」、「事実だから仕方ない」といった反論を受けることも少なくない。
[iv]まず、問題の所在を明示するために、「黒人」、「身体能力」、「神話」などの主要概念に定義を与えると同時に、文献調査や意識調査の結果を紹介し、日米間の神話に対する意識や態度の差異の度合を明らかにした。その差異を要約するなら、「アメリカにおいては、黒人が固有の運動能力、あるいはそれより広い意味での身体的な力を有するかどうかをめぐって世論が、三対七から五対五の割合で分裂し、他方日本においてはそれが争点たりえず、むしろ所与の想定として、半世紀近くに渡って安定的に維持されてきた」ということになろう(拙稿「『黒人身体能力神話』浸透度の文化的格差をさぐる」六―一一頁参照)。次に、研究調査の方法論を詳述し、日米のインフォーマントに対するアンケートと聞き取りの結果に基づいて、日本で神話が無批判に受容される過程を解明するために検討すべき経験領域として、一.実際の「黒人」との遭遇、二.「人種」や「黒人」という言葉・概念との遭遇とその習得、三.これらの言葉・概念の公的教育カリキュラムによる学習、四.「神話」を支持するに至った契機と体験の四者を設定した(同上、一九―二二頁参照)。さらに、第一の経験領域に関して、その経験が、身体能力神話とは縁の浅い領域で展開していることを検証することによって、神話の起源を現時点での日常生活にではなく、過去に遡って、年少期からの生育過程に求める必要性を確認した(拙稿「黒い肌の『異人種』との遭遇―『黒人身体能力神話』浸透度の文化的格差をさぐるための序論的考察として―」『武蔵大学総合研究所紀要』第一八号 二〇〇九年)。
二〇一〇年、ほぼ時期を同じくして執筆にあたった二つの論文では、右で述べた第二の経験領域、すなわち「『人種』や『黒人』という言葉・概念との遭遇とその習得」に関する日本人とアメリカ人それぞれのインフォーマントの経験を、アンケートと聞き取りの結果に基づいて掘り起こし、分析を試みた。拙稿「日本社会における『黒人身体能力神話』の受容―『人種』/『黒人』という言葉・概念との遭遇とその習得を中心に―」京都大学人文科学研究所『人文学報』第一〇〇号(二〇一一年出版予定)、および「『黒人身体能力』に対するアメリカ人の認否のダイナミクス―「人種」/「黒人」という言葉・概念との遭遇とその習得を中心に―」『武蔵大学総合研究所紀要』第一九号 二〇一〇年。
本論とほぼ時を同じく執筆にあたった次の論文では、日本の小学校・中学校教育における「人種」と「黒人」の学習と定着に焦点を当てている。「日本の小学校・中学校における「人種」・「黒人」観の形成と定着―学習指導の内容と知識の習得を中心に―」『武蔵大学人文学会雑誌』第四二巻第三・四号 二〇一一年。
[v]むろんここでいう「序列」は、制度的、客観的に存在するものではなく、あくまでも意識や思考上の概念であるにすぎない。そのような概念の存在は、すでに歴史学、人類学をはじめとする諸々の先行研究が裏付けるところであるが、本論で繰り返し言及する「人種的序列」あるいは「人種的ヒエラルヒー」なるものを措定するために、機を改めて議論をしなければならないと考えている。
[vi]Michael Omi & Howard Winant, Racial Formation in the United States: From the 1960s to the 1990s (Routledge, 1986[first edition], 1994[second edition]).
[vii]竹沢泰子編『人種概念の普遍性を問う 西洋的パラダイムを越えて』人文書院 二〇〇五年。本書において竹沢は、西洋中心的なパラダイムの批判した上で、「小文字のrace」、「大文字のRace」、「抵抗の人種(RR)」の三つからなるモデルを提唱している。
[viii]ただし、予防線を張る意図を兼ねて述べておくなら、「身体能力」という切り口が、独自である反面、人種的序列の一部分を扱うものに過ぎないことは認めなければならない。この部分と全体がどのようにかかわるかについては、別途考察しなければならない。
[ix]Mark Dyreson, “Introduction,” “Forum The 1928 Olympic Marathon,” Journal of Sport History Volume 36, Number 1, Spring 2009, pp.1-2.
[x]アムステルダム大会以前の七大会におけるマラソン競技金メダリストの国籍は、ギリシア(一八九六年)、フランス(一九〇〇年)、アメリカ(一九〇四年)、アメリカ(一九〇八年)、南アフリカ(一九一二年)、フィンランド(一九二〇年)、フィンランド(一九二四年)である。いずれの選手もヨーロッパ系のいわゆる「白人」であった。
[xi]当時の文書では「アルゼリア」とあるが、本論では「アルジェリア」を用いる。ほかにも表記ゆれが生じる場合があるが、昭和初期当時と現代の表記の差がやむを得ずもたらす結果であることを断っておく。
[xii]アジア人としての自己を日本人が「黄色い人種」として自覚していたことは、当時の記録からも確認できる。ここでは、便宜的に「黄人」という言葉を用いておく。「コーカソイド」、「モンゴロイド」、「ネグロイド」による三分類のうちの「モンゴロイド」にあたる。
[xiii]山室信一『思想課題としてのアジア 基軸・連鎖・投企』岩波書店 二〇〇一年 五六頁。
[xiv]クリストファー・マクドゥーガル著 近藤隆文訳 『Born to Run:走るために生まれた』NHK出版局 二〇一〇年では二足による長距離走行が人類の進化に果たした役割について興味深い議論を展開している。
[xv]オリンピックの歴史に関する書籍は数多い。たとえば、財団法人日本オリンピック委員会監修『近代オリンピック一〇〇年の歩み』ベースボール・マガジン社 一九九四年等。
[xvi]すなわち次のような諸点である。「黒人」と「黄人」の勝利は、「人種」的ヒエラルヒーの連続性と変化という歴史的な脈絡において、どのような意義を有し、あるいはいかなる位置を占め得たのか。オリンピックアスリートの勝利は、この脈絡そのものに影響を及ぼし、あるいは作用を与え得たのか。もう一歩踏み込んでいうなら、脈絡そのものを混乱させ、変動を生じさせ得たのか。 

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