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  • スロベニア到着

    2012-10-18 07:05
    ベニスから電車で国境の街トリエステを経由、タクシーで学会開催地スロベニアのコペルへ。観光ガイドでは「風光明媚」が売りとされる東欧の小国スロベニア、その国を代表する港町コペル。どんなところかと期待したが、あいにく到着したときは遅い時間だったので何も見えず、一夜明けて美しい景観を拝むことができた。
     地理的にいうと、スロベニアといえば、旧ユーゴスラビア連邦の最北端あるいは最西端を占める共和国。ユーゴスラビアはオウムのかたちをしているといわれたが、そのオウムの脳みその部分に位置するといえばわかりやすいだろうか。
     イタリアに隣接しているということは、西欧に隣接しているということであり、資本主義的市場経済の点でいうと、東欧と西欧を結ぶ窓口にあたる。経済的には旧ユーゴの中で最も安定、発展しているというのが土地っ子の自慢。なるほど、最近大規模なショッピングモールがコペルのダウンタン地区にできて、何でも手に入るという印象。朝8時に開店、ウィークデイにもかかわらず買い物客もかなり見られた。使い切ってしまったので、歯磨きチューブを買う。1ユーロ95セント。まあ安い。ダウンタウンの中心部でビール、ワインを2ユーロ以下で飲める。ナイトライフが気軽に楽しめるのがいい。
     小国として大国間の政治的圧力に翻弄された歴史。冷戦の爪痕とでもいうべきか、市民の意識に深い傷として残っているようだ。昨年の学会で仲良くなり、再会したアンドレイ、イタリア国境の街トリエステを「あれは、ほんとはスロベニアのものだ」と、お酒の席でぽつりと語った。トリエステの歴史は複雑だが、トリエステとその近郊に住む庶民の多数派がスロベニア人だったのは確かなようだ。コペルという街の名称にもイタリア名カポディストリア(Capodistria--アンドレイにはすまないが、イタリア語名のほうがかっこいい)があり、ところどころ両方が表示されている。スロベニア国内であえてイタリア語名も示しているのは、イタリアに対する配慮というよりは、かなりいるイタリア語を母語とする人々への思いやりか?ウィキ検索でも英語だとコペル、イタリア語に切り替えるとカポディトリアになる。
     社会主義時代の名残だろう。公共交通機関は安い。トリエステまでの高速バスたったの3ユーロ。「教育、医療はもちろんすべて無料さ」と、先のアンドレイ君胸を張る。教育費の高騰に苦しむ日本人としてはうらやましいかぎり。しかし税金も高く、大学教員としてもらう給与の「50%以上は国にもってかれる・・・」とアンドレイ君、こんどは肩を落とす。
     円が強い、経済大国というイメージがすっかり固まった日本からの珍客、というのが私の評価。バークリーの客員研究員というと目の色をかえてコネクションを求めてくる。バークリーの威光は東欧にも十分届いているようだ。おそらく、学会活動への知的貢献以上に、経済的な貢献こそ求められていたのかもしれない。しかしサバティカルの現在ならともかく、来年から参加できるか見通しは全くたたず、科研費も今年度で終わり、次の申請が認められるかもわからない今、大風呂敷を広げるわけにもいかない。
     最大の収穫は、日本ではなかなかお目にかかれないような個性豊かな研究者との出会いか?次回、その一端を紹介しよう。 
  • 初体験イタリア、不準備旅行 その2

    2012-10-17 00:34
    3.レストランで。
    ホテルのカウンターで従業員が勧めてくれた店は実は3件。備え付けの地図にさらさらと書き込んでくれた。
    「コンシェルジュは朝にならないとこない」とのことだったが(その時はもう夕暮れ時だった)、なかなかどうしてこの彼、立派にコンシェルジュが務まる働きぶりである。「一番近いのがリビエラ(Riviera)、すこし離れてオニガ(Oniga)、さらに離れて15分くらい歩けばリネア・ドンブラ(Linea D'ombra)」とのこと。「どの店も、仕事上がりに一杯やるのに最高なんだよね」とダメ押しの一言もわすれない。
    時差ボケと疲れであまり遠くは行きたくない気分だったので、ほとんど必然的に、一番近いリビエラに。
    「リビエラ」というと「フランスの地中海沿岸地方」というイメージが強いが、イタリア語で「海岸」の意味。レストランもまさに海岸にある。(ちなみに「オニガ」は固有名詞か?日本語にするとどうしても「鬼が」となり、ちょっと足を踏み入れにくい―が、後日行ってみて大いに気に入る。「ドンブラ」とは「影の上」という意味らしいが、日本語だと「ドンブリ」を連想してしまい、大衆食堂のイメージ?。結局ここへは行けずじまいだった。)
    さてリビエラ。イタリアでのディナーにしては早い時間にもかかわらず、屋内・屋外ともに満席状態。それでも、予約なしだったが、なんとか屋外に二つだけ開いていた二人席の一つを確保することができた。
    料理も期待どおり。初日ということもあり、ワイン、前菜、主菜、デザートとフルコース。気をよくしたウェイターのおじさん、食後酒をサービスしてくれた。すっかりいい気分でチップも、アメリカのつもりで20%くらい置き、ホテルに戻ってぐっすり。
    「イタリアではチップはいらない」、そう教えられたのは、翌日学会についてスロベニアの友人からだった。
    4.トイレがない・・・
    翌日、トリエステにむかう電車の時間までしばらくあったので、「ラビリンス(迷宮)」といわれるベニスの街を探索。なるほど、その異名にたがわない複雑さ、路地が縦横に交錯し、考えられないようなところで水路が現れる。
    前日の夕食でワインを飲みすぎたせいか、迷宮のなかでトイレを探すはめになったが、日本の公衆便所のようにはいかず、壁の上のほうに小さく掲げられた「トイレ」のサインをたどってやっとたどり着いたところ、門番が見張っている。1ユーロを入れて入る回転ドア。ただ、有料だけあって、内部はきれいだった。
    トリエステに向かう電車に乗り込む鉄道の駅でもやはり有料。トリエステでは無料だったから、イタリアどこでも、というわけではないようだ。人の集まる大都市特有の事情だろう。
    チップにしても、トイレにしてもちょっと観光ガイドに目を通しておけば気づいてはず。
    「不準備旅行」に反省頻り、あわただしくベニスを後に一路北へ。 
  • 初体験イタリア、不準備旅行 その1

    2012-10-15 20:57
    9月初めに第三期の滞米生活が始まって走り続けていたペンが、9月下旬から止まってしまった。原稿の締切が二つあって、それに気を取られたのがきっかけで、やっと提出したと思ったらスロベニアへの出張(10月2日から)。帰米したのが9日。いつのまにか夏はとっくの昔となり、あたりはすっかり秋づいている(といってもここはバークリー、そんなに気温が下がるということはない)。
     そして10月も折り返し地点を過ぎた今、再びバークリー通信にもどってきた。よし、8日間のイタリア・スロベニア出張を振り返ることから始めよう。
     
     「不準備旅行」(こんな言葉あったっけ?オンライン検索する限り、ない。準備不足だったってこと。「不用意」という言葉ならあるが、ちょっと意味がずれる)、反省をこめて言えば、それにつきる。
     
    1.米ドル安すぎ。円と比べても、ユーロと比べてもレートが低すぎ。サンフランシスコ、ミネアポリスと換金をためらい、アムステルダムだと少しだけ有利な印象があったが、「ベニスにいけばもっといいはず」と思ったのが間違いだった。ベニスでは米国でのレートくらいに逆戻り。結局、銀行(換金所ではなく)のほうがコミッションが安いことを発見。20ユーロくらい多く手に入れることができた。
    それでも米ドルが安い。1ドル0.6~0.7ユーロくらいの感じ。アメリカ人観光客が、全体として、しょんぼりしているようにもみえた。きっとこのせいにちがいない。
     
    2.道がわからない。下調べせず着いたベニスのマルコポーロ国際空港のインフォメーションで道を聞いてホテルに向かう。「5番のバスにのってピアッツア・ロマ(ローマ広場)で降りなさい。あとは道を聞いて歩くか水上バス」とのこと。ところが、バスに乗ったのはいいが料金の支払い方がわからない。結局無賃乗車になってしまった(料金は5ユーロ)。「とくに集めないが、無賃がみつかると高い罰金」というカナダにもある方式だった。5ユーロ得したのか?ドキドキした分損したのか?
     ピアッツア・ロマは終点なので、とにかく降りる。行きがかりのおまわりさんにホテルへの道順をきく。「ああここか。あの橋を越えて水路の左側に沿ってあるけば着くよ」という単純な説明。ところが、水路は網の目のように右、左に分岐している。もとの水路の左側なのか、分岐した水路の左側なのか、よくわからないまま右往左往し、「もうだめだ、道を聞こう!」と覚悟したとき、ホテルの正面に立っていた。これも天性の勘のなせるわざか!
    夕食へと続く。
    ホテルのカウンターのおにいさんに「今晩飲みにいくんだけど、あなたならどこへ行く?」という、再び、不準備旅行の常套質問。「ああ、埠頭のリビエラだね」との答えをもらって、徒歩5分。シーフード自慢の店。しかし、ここでもまた反省すべきできごとが・・・(次回へ)。 
  • SB氏の問題発言

    2012-09-22 22:55
    SB氏(一応イニシャルにしておく)、およそ英語っぽくない名前の持ち主。アフリカ系アメリカ人である。デレック先生の大学院授業を一緒に受講している。
     よくしゃべる。昨週のテーマはスポーツと宗教だった。アメリカではスポーツと宗教を類比させて、その共通性に注目することがよくある。以前紹介したヘゲモニー論の立場に立つ論者にとって好都合の題材。なぜなら、どちらも抑圧的(というと、信者には確実に叱られてしまうが、そういう学問があるということでご容赦いただきたい)であるにもかかわらず、どちらも参加者(信者)の熱い支持・同意(あるいは信仰)を得ているからだという。
     日本ではあまり聞かれない(それだけ日本が非信仰的だということだろうが)、また宗教学者からも聞かれないので、スポーツ研究者がスポーツの「格上げ」のために展開する議論であると、私などは少々冷めた目でみている(ただし、近代オリンピック運動の創始者クーベルタンもそう主張しているのでアメリカに限られた解釈というわけではないことに注意)。
     いずれにせよ、とても有効な類比であることは確かである。
     このとき、SB氏は「スポーツと宗教が同じはずはない」と(憤ったかの表情で)熱弁をふるった。本人は宗教専攻だという。デレック先生やヘゲモニー論を指示する学生のうち勇気あるものが、「同じといっているわけではなく、拠って立つ前提や機能が似ているというハナシだよ」となだめて、本人も矛を収めたようだった。
     SB氏があまりに早口なのと、アフリカ系特有の喋り癖(なまり・・とはいえないかもしれないが)があり、また私の英語力の制約もあってどうしても理解度が落ちるのだが、弁舌にこめる気迫はひしひしと伝わってくる。授業後少し話してみると、院生ではなくバークリーのアフリカ系アメリカ人研究コースを担当するれっきとした教員(アソシエート・プロフェッサー=日本の准教授)であることが判明。なるほどと、その迫力に納得(もっとも、大学院生でもスゴイ迫力の持ち主はごろごろしているのだが)。
     そして今週、テーマは昨週に引き続いてスポーツと宗教。再びSB氏が爆発した。話題が宗教から教育に転じ、教育の方法とスタイルに及んだときのこと。「黒人だけに通じる教育スタイルと方法がある」というのである。一瞬、教室は凍りついたようなる。デレック先生、それから院生Tさん(水泳選手でテキサスの田舎で教育経験のある白人女性)が、「そんなことない」、「ないわよ」と反論。さらにTさんが「肌の色で人間の考え方がちがうとでもいうの?」と詰問。(リベラル派にとっては「イエス」といわせないための殺し文句、のはずが)「もちろん(イエス、オブコース)」「・・・・」(全員沈黙)。
     リベラル派の信念が、正面から、直球でぶち破られた瞬間だった。
     Tさんは、少したって「あなたの言うことには反対よ」というのが精いっぱいだった。
     「白人」には決して許されない一言、だが「黒人」の口からでると気まずい沈黙か、あるいは「賛成できない」という消極的な反論が続くだけだ。
     「人種」意識の根強さ、リベラリズムのもろさ、分離主義の志向、あるいは黒人の不満。わずか数分のやりとりからいろいろなことを教えられる。一から学び直さなければならないと痛感。 
  • スカイプで覗くわが家のリビング その2

    2012-09-21 00:01
    長男が帰宅するまで少し時間があるので、スカイプは一時中断。その間にイフェクティブ・リーディングの宿題をやる。
     午後9時半(カリフォルニア時間午前5時半)、また同じことをやる。今度は長男が主役である。塾の様子、学校の社会科授業の内容など・・・。
     それから長男は牛肉うどんを食べるために食卓へ。次女と同じようにカメラの位置を固定、リビングチェアの上で寝てしまっている次女以外はテレビを見ている。
     この時、再び例の感覚・・・不吉なセンセーションのような・・・・。
     あっ、わかった。
     話を前回やっていたNHKの朝ドラ『カーネーション』に移す。その中で、夏木マリ演じる主人公の小原糸子が、自宅の二階をリフォームしてバーをつくる場面がある。そして、全体が見渡せる壁の一画を空けておいて、(自分が死んだらここに写真を飾ってね)とメッセージを送るのである。
     娘たちは、糸子の死後そのメッセージに気づき、彼女の遺影を飾る。番組では、糸子は死後もナレーターとして生きており、だんじり祭にあつまった家族、友人、知人を嬉しそうに見守る。こうして番組が幕を閉じる。
     スカイプのモニターをみていて、糸子の気持ちがわかったような気がしたのだった。
     まさに不吉!
     が、しかし、死後に霊というものが存在するなら、どのくらい多くの霊たちが、こんな感じで遺族を見守っていることだろう。その立場に身を置くことができるのも、単身赴任留学の特権とIT技術の賜物だ。不吉がってないで、感謝すべきところだろう。
     今この時、命を与えられていることに深く感謝し、精一杯生きようと改めて決意を固めた。 

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